アライナー型矯正装置の治療指針の解釈【2】

公益社団法人日本矯正歯科学会から2017年に、日本矯正歯科学会会員の矯正歯科医によってマウスピース型矯正装置についてまとめた「アライナー型矯正装置の治療指針」が一般公開されています。

この治療指針は、マウスピース型矯正装置(インビザライン・薬機法対象外など)の矯正歯科治療において至極当然の大事な事が記載されています。今回はマウスピース型矯正装置の非適応症について読みときます。

適応症について

治療指針にはマウスピース型矯正治療が推奨できないのは以下のような症例と記載されています。

【推奨されない症例】
1) 抜歯症例
・犬歯が遠心傾斜している症例
・前歯部が大きく舌側傾斜している症例
・歯の大きな移動を必要とする症例
・大きな回転、圧下・挺出を必要とする症例
・患者の協力度が低い症例
2) 乳歯列期、混合歯列期で顎骨の成長発育や歯の萌出の正確な予測が困難な症例
3) 骨格性の不正を有する症例

<アライナー型矯正装置による治療指針>

以上についてわかりやすいように説明していきます。

1)抜歯症例

矯正治療で歯を並べたり、前歯を後ろに移動させるにはスペースが必要です。このスペースの獲得方法には主に4つあり、拡大・後方移動・IPR・抜歯の4つの方法から、スペースの必要量をみて方針決定します。一番スペース量を作る事ができるのが抜歯です。多くのケースでは第一小臼歯という平均7.5mmの歯を左右対称に抜歯します。抜歯方針は上下片方の歯列で約1.5cmものスペースを作れますので有効的な方法です。
ワイヤー型矯正装置では、半数近くが抜歯方針になりますが、マウスピース型矯正装置で同じ方針を立てるには注意が必要になります。抜歯スペースが大きい場合、前歯を後方に歯根ごと大きく平行移動させなくてはなりません。この移動が、マウスピース型矯正装置では得意ではありません。難しいケースでも治療期間を長くかければ、絶対に治療できないというわけではないのですが、3年以上かかってしまう可能性があり、それでもワイヤー型矯正治療より仕上がりは落ちてしまう事があります。

犬歯が遠心傾斜している症例

犬歯は、人の歯の中で一番歯根が長い歯です。よって犬歯は歯冠(歯の頭の部分)を倒す移動様式である傾斜移動あれば、「ふりこ」みたいな比較的容易に動かす事ができます。一方、歯冠より歯根の移動量が多い場合は非常に難しくなります。
「犬歯の遠心傾斜」とは、歯冠が後方に倒れており歯根が手前側にある状態です。つまり歯根のみを大きく後方に移動する治療方針を立てなくてはならずマウスピース型矯正治療には向いていないという事になります。

<犬歯の遠心傾斜>

前歯部が大きく舌側傾斜している症例

犬歯の遠心傾斜と同じ理屈になります。「前歯部の舌側傾斜」も歯冠が後方に倒れており歯根が手前にある状態です。この場合は歯根のみを大きく後方に移動させるだけでなく、後に記載する難しい「圧下」と呼ばれる上方への移動も必要になります。過蓋咬合症例にこのような状態がみられます。

<前歯の舌側傾斜>

歯の大きな移動を必要とする症例

上と下の前歯の距離が1cmもあるような上顎前突症例(出っ歯)や、横顔に口元の突出があり口を閉じると顎先にシワができる上下顎前突症例(口ゴボ)は、前歯を6〜7mm後方移動させなくてはなりません。つまり小臼歯抜歯したスペースを全て、犬歯と前歯の移動に使用する事になり、歯根の移動量はかなり大きくなります。

<前歯の大きな移動>

大きな回転、圧下・挺出を必要とする症例

マウスピースは回転移動がとても苦手です。アタッチメントを設置しても、歯の上からプラスティックシートを被せて歯をねじるのは物理的に限界があります。結果的にマウスピースの中で空回りしてしまい、不適合になってしまう事が多いです。特に円柱形の形をしている前から4,5番目の歯である小臼歯の回転は苦戦します。
また、歯を歯茎から出す動きである挺出と、歯を歯茎に沈める動きだる圧下も、症例によっては難易度が高くなります。この2つの移動は、他の移動と組み合わさると実現可能になる事もありますが、歯を前後左右に動かさず上下垂直的に移動させるが事できる量はわずかです。

患者の協力度が低い症例

これは、非常にわかりやすいのですが、マウスピース型矯正治療が上手くいくかは、患者さんの矯正装置使用への協力性が半分以上を占めています。そして、例え使用していたとしても、正しい使い方をしていない場合も上手く歯列矯正ができません。チューイーを噛んだり、顎間ゴムといった、補助パーツの使用への協力性も必要になる事があります。

2) 乳歯列期、混合歯列期で顎骨の成長発育や歯の萌出の正確な予測が困難な症例

人の歯列は、乳歯から永久歯に生えかわり完成します。この生えかわりの途中で乳歯と永久歯が混在する小学生の歯並びを混合歯列期と呼びます。当然、生え変わりを予測してマウスピースを作成する事は不可能ですから、混合歯列期のお子さんのマウスピース型矯正装置の使用は強くはお勧めしません。成長期の永久歯には「萌出力」といって、自分で顎骨を作りながら、さらに上に向かって生えていく力で、上下の歯並びがしっかりかみ合っていきます。使い方によっては、マウスピースはこの萌出力を抑制してしまいますので注意が必要です。

<横の歯の生え替わり時期>

3) 骨格性の不正を有する症例

これは、ワイヤー型矯正治療でも言える事であり、一般的な内容です。外科手術を併用しない矯正治療で、顔の輪郭や骨格を改善する事はできません。矯正治療は決められた骨格の中で、歯を正しい位置に移動させる治療です。この骨格にもともと大きな不正がある場合は、矯正治療での歯並びとかみ合わせを改善する事は難しくなります。主に下顎の骨格が前後左右にズレている方が当てはまります。

<下顎前突など骨格の形の問題>