アライナー型矯正装置の治療指針の解釈【1】
公益社団法人日本矯正歯科学会から2017年に、日本矯正歯科学会会員の矯正歯科医によってマウスピース型矯正装置についてまとめた「アライナー型矯正装置の治療指針」が一般公開されています。
この治療指針は、マウスピース型矯正装置(インビザライン・薬機法対象外など)の矯正歯科治療において至極当然の大事な事が記載されています。今回はマウスピース型矯正装置の適応症について読みときます。
適応症について
治療指針にはマウスピース型矯正治療が推奨されるのは以下のような症例と記載されています。
1) 非抜歯症例で、以下の要件を満たす症例
<アライナー型矯正装置による治療指針>
・軽度の空隙を有する症例
・軽度の叢生で歯列の拡大により咬合の改善が見込まれる症例
・大きな歯の移動を伴わない症例
2) 矯正治療終了後の後戻りの改善症例
3) 抜歯症例であっても歯の移動量が少なく、かつ傾斜移動のみで改善が見込まれる症例
4) 金属アレルギーを有する症例
以上についてわかりやすいように説明していきます。
1)非抜歯症例
マウスピース型矯正装置は、ワイヤー型矯正装置と異なり「偶力」といって同時に反対方向の力をかけて歯根を大きく動かす事を得意としていません。アタッチメントと呼ばれる様々な形の突起を歯につける事で、マウスピースとの接触面積を増やす事や引っ掛かりを強くする事で「偶力」を発生させる事も可能ですが、成功率が高くありません。ですので、大きな歯根の移動が必要な歯並びには向いていないと言えます。
歯根のコントロールが難しい事は一見重大な欠点のように見えますが、そうとは限りません。全ての歯並びが歯根のコントロールが必要というわけではないからです。逆に、傾斜移動と呼ばれる歯冠(歯の頭の部分)の倒し込み移動で治せる歯並びに関しては、ワイヤー型矯正装置より早く治せる事もあります。このようなケースは、歯を抜かなくても治せるような軽度の歯列不正が当てはまります。
空隙歯列
「すきっ歯」と呼ばれるような、前歯を中心とした歯と歯の間の接触がない歯並びの治療は、歯根の位置に問題が少なくマウスピース型矯正装置は得意としています。実はマウスピースは歯冠全体を包むため、ワイヤーより開いている歯と歯の間の隙間を早く強く閉じる事ができます。
軽度拡大症例
マウスピース型矯正装置は表側のワイヤー矯正装置よりも歯並びの拡大に向いています。これは歯を内側から外側にしっかり押せるからです。ですが、歯列歯列拡大には各症例に限界があり、あまりに広げると噛み合わせが崩れてしまいます。よって、軽度のスペース不足の方が適応症になります。
大きな歯の動きがない症例
矯正治療で大きく歯を動かすパターンは、前歯の前後移動です。「口ゴボ」と呼ばれるような、少し口元が前にでているような上下顎前突症例は、上下の前歯を大きく後ろに移動させなくてはならず、マウスピース型矯正装置では得意ではありません。よって前歯の後方移動が必要ないケースの方が適応症になります。
2)後戻り症例
以前、矯正治療を受けた後、何年かして後戻りしたケースは、マウスピース型矯正治療の適応症です。これは一度、矯正治療を受けた後は、歯根の位置がすでに正しい位置にあり、歯冠のみ移動してしまったケースが多いからです。症例によっては倒れている歯冠を再度起こしてあげるだけで、短期間で再矯正治療を行う事ができます。
人は加齢によって歯並びの横幅が狭くなり、前方方向に倒れていく傾向があると報告されています。治療方法は狭くなった歯並びを再度広げてあげるような方針になりますが、歯肉に負担がかからないようIPR(歯にヤスリをかける)を利用して拡大量はコントロールします。
3)大きな歯根の移動がない抜歯症例
マウスピース型矯正治療では、一般的に抜歯矯正治療は難易度が高いと言われています。これは、抜歯症例は前歯を後方に歯根ごと平行移動させるという、マウスース型矯正治療では苦手な移動が必要だからです。前歯の平行移動が必要なケースは、どんな矯正歯科医師が行っても治療は苦戦を強いられます。
ですが、全ての抜歯症例で前歯の後方移動が必要というわけではありません。前歯の叢生(デコボコ)が重度のケースや、前歯が前開きになっているケースは、大きな歯根の平行移動が必要なく傾斜移動で治す事もできます。このようなケースが見分けられるかは、矯正歯科医師自体の経験数が大事になります。
4)金属アレルギー
近年、ニッケルや銅など肌に溶出しやすい金属の装飾品をつける事が多くなっているせいか、金属アレルギーの疑いがある方は増加傾向にあります。このような方が矯正治療を行う際は、矯正治療の材料である金属を気にされます。ですが、当院の臨床経験上、金属アレルギーをお持ちの方で、矯正装置の器具で口の中がただれてしまうような状態になった方は1人もいません。今は、セラミックやアレルギーが出にくいチタン性の材料、コーティングなどにより、アレルギー検査でわかっていれば、特定の金属の溶出リスクを減らす事はできます。ただ、リスクゼロではありませんので、これを気にされる場合はマウスピース型矯正装置が向いていると言えます。